「ペリー就学前プロジェクト」と非認知能力の重要性。
【ペリー就学前プロジェクト】
保育・子育て関連の制度設計や、
全国の保育所保育の道しるべである「保育所保育指針」、
保育士が日々適切な環境下での「遊び」を重視する根拠ともなっている
ある社会実験があります。
「ペリー就学前プロジェクト」
この実験は、アメリカのミシガン州にある
ペリー小学校付属幼稚園で行われたことでこの名前がつきました。
1962年~1967年の間、
ペリー小学校付属幼稚園に通う3~4歳のこどもたち
123名を対象に行われ、
対象のこどもたちの家庭は低所得者層であり、
こどもたちのIQも70~85と低く、
教育上のリスクの高いアフリカ系アメリカ人でした。
このこどもたちを2つのグループ、
■就学前教育を施すグループと
■就学前教育を施さないグループに分け、
就学前教育を「施す」グループには
30週間に渡り専門家による教育を行いました。
教育の内容は、
理解力に合わせ、想像力を促すような関わりをし、
特に「非認知能力」を育てることに重きを置いて
こどもの「自発性」を大切にする活動を中心に行いました。
※ここで言う「教育」とは決して、一般に早期教育と呼ばれる様な
知識を詰め込む教育のことではありません。
こどもが「遊びを自分自身で考えて展開した」と
感じるような声掛けにも意識し、
毎日集団で復習もしました。
集団で復習することで、
こどもたちは重要な社会スキルを身に付けたとも言われています。
その後、
この2つのグループのこどもたちの追跡調査を行いました。
その結果、
■就学前教育を施したグループは、
年収が2万ドル以上だった人は全体の60%いたのに対し、
■教育を施さなかったグループは40%でした。
次に犯罪に手を染めた割合も調査されており、
■教育を施したグループは5回以上の逮捕歴が36%だったのに対し、
■教育を施さなかったグループは5回以上逮捕歴は55%でという結果となりました。
高校卒業率においても、
■就学前教育を施したグループは77%、
■教育を施さなかったグループは60%となりました。
この教育を受けた結果、
成人後の雇用や経済状況が安定し、
生涯に渡って所得の向上が見られ、
犯罪歴も低くなるなど、
人生をより良くできることを実証したと言われています。
この実験が注目されたのは
2000年にノーベル経済学賞を受賞した、
シカゴ大学の労働経済学者、ジェームズ・J・ヘックマン教授
による「Science」での研究発表がきっかけです。
彼自身が関与した「ぺリー就学前プロジェクト」を
根拠に「5歳までの環境が人生を決める」と断言したことで
大きな注目を集めました。
40年にわたる「ペリー就学前プロジェクト」とその追跡調査により、
幼児期に「非認知能力」を高めることの重要性と、
非認知能力の獲得は、大人になってからの人生の「幸福度」の高さにつながる”可能性”を示しています。
【早期教育におけるIQの差は8歳頃に無くなる】
さらに、ジェームズ・ヘックマンはこの実験を分析し、
「社会的成功はIQではない要素によってもたらされた」
という結論も導き出しました。
IQという点について言及すると、
知識を詰め込むといったような早期教育(認知能力の教育)受けたグループは
「その教育機関に通っている間」は他のこどもに比べて高いIQを記録していましたが、
こどもたちの年齢が8歳になると、
早期教育を受けたグループと受けていないグループの間のIQの差は無くなったそうです。
つまり、
8歳以降の良好な成績及び社会的な成功は「IQではない要素」によってもたらされたと言えます。
このことからヘックマンは「IQ以外の”生きる力”がこどもの将来を左右する」と結論づけました。
保育所保育指針にも、
こどもたちの「生きる力の基礎を培う」という言葉が使用されています。
大切なことは、
乳幼児期にたくさんの愛情を受け、
生まれれた喜びを全身で感じられることから始まり、
見通しを立て、目標の達成まで
楽しみながら頑張る姿勢を身に付けること。
そのすべては、
他人からの指示・指導からではなく、
自身の好奇心・探究心を根源とすることが重要で…
それらは、乳幼児期の適切な環境のもとで
自発的な「遊び」を通して獲得されます。
先ほどの述べた通り、この理論は、
現在の幼児教育、保育所保育指針などの設計に
大きな影響を与えています。
日々の何気ない「遊び」の1つ1つが、
こどもたちの未来、数十年に渡る人生に繋がっている。
その重要性を念頭に置きつつ、
ひなたぼっこ保育園では、引き続き適切な環境を整え、
保育を進めていきます。
【非認知能力とは】
■認知能力とは…
まず、一般的に言われる「認知能力」とは、
学力テストや知能テストで測定し、指標化して「認知」できる能力のことです。
つまり「テストの点数が良い」「早期に多言語の単語を知っている」「IQが高い」など数値化できたり、
大人や学校教育者などが「できた」「できない」を判別できるものとも言い換えることができます。
教室で教えてもらうような、一般的にイメージする「教育」を受けると
「認知能力と学歴が高くなり、収入も上がる」と考えられがちで、
認知能力を高めるほうに関心が向きやすくなる傾向があります。
しかし、幼児期に非認知能力が高まる教育を受けると、
後の人生の幸せにつながることは、「ペリー就学前プロジェクト」などの実験により
事実として認識され始めています。
■非認知能力とは…
「非認知能力」には、大きく2つの力があります。
まず、
自尊心、自己肯定感、自立心、自制心、自信などの「自分に関する力」。
そして、
一般的には社会性と呼ばれる、
協調性、共感する力、思いやり、社交性、良いか悪いかを知る道徳性などの「人と関わる力」です。
これらの力は「社会情緒的スキル」ともいわれ、
乳幼児期に身につけておくと、将来に渡って幸せな生活を送ることができるといわれています。
日本の幼児教育では、もともと心の教育を大切にしてきました。
近年、測ることができる能力(読み書きや計算といった知育教育など)が重視されがちでしたが、
最近になり、「非認知能力」が注目されるようになったのです。
【自分を信じる自己効力感・自己肯定感】
自分の存在を大切に思って、自身の能力を信じ、自分ならきっとできると思うこと。
それができれば、難しい課題に直面した際や、なかなかうまくいかない際にもやり遂げることができます。
チャレンジを続け、やり抜く力を発揮するには、自己肯定感、自己効力感という土台が必要です。
【意欲を高く集中して取り組む夢中力】
自分で自分を動機づけて、集中して取り組む力があれば、夢中になって試行錯誤を積み重ねることができます。
このように、自分で自分をモチベートして没頭できる姿勢は、どんな状況でも役に立つ一生モノの力となるものです。
【自分の気持ちをコントロールする自制力や忍耐力】
物事にしっかり取り組んで、成果を出せる人は、自分の感情コントロールや気持ちの切り替えが上手なものです。
辛かったり、しんどかったりするときも、その感情に流されては良い結果は得られません。
前向きに気持ちを切り替える。粘り強くあきらめずに取り組む。
きっとできるはずとある種の楽天さも発揮する。
このような自制力や忍耐力があれば、問題解決までしっかりやり遂げることができます。
【他者と協力できる社会的能力やコミュニケーション力】
協調性やリーダーシップといったソーシャルスキル、コミュニケーション力も非認知能力の大切な要素です。
これらの力があれば、1人では解決できないような課題にも、チームワークを発揮して取り組み、良い成果をあげることができるでしょう。
【OECD(経済協力開発機構)が示す非認知能力】
OECDは、非認知能力を「社会情動的スキル」と提示し、
その中に含まれるものとして「目標の達成」「他者との協力」「情動の抑制」を挙げています。
【日本における非認知能力への注目】
世界中で非認知能力への注目が高まる中、
日本の文部科学省も子どもたちが未来を切り拓いていく資質として
「生きる力」や「汎用的能力」を挙げ、非認知能力を重要視するようになりました。
保育所保育指針等に記載されている
【幼児期の終わりまでに育ってほしい幼児の具体的な姿】
(1)健康な心と体
(2)自立心
(3)協同性
(4)道徳性・規範意識の芽生え
(5)社会生活と関わり
(6)思考力の芽生え
(7)自然との関わり・生命尊重
(8)量・図形、文字等への関心・感覚
(9)言葉による伝え合い
(10)豊かな感性と表現
※非認知能力に当たる感情や心の働きに関するものが多くなっています。
【非認知能力を子どもに育むポイント】
非認知能力は、こども主体の「遊び」を通して育つものであることを念頭に置き、
無理なく、出来る範囲でこどもと関わることができると良いですね。
理論で語ることは簡単。
愛情と共に喜び悩み、皆さんが毎日されている子育て(お仕事との両立)
それ自体が尊いものであるということを大前提としつつ、
以下は、あくまでも参考としてご覧ください。
■こどもは、親や大人との関わりの中で「自分は愛されている大切な存在」「人は信じていいものだ」と、
自分と他者への信頼感が醸成されると、それを土台に非認知的な心の性質が積みあがると言われます。
非認知能力は、小学校に入る以前の幼児期から育むことが大切と言われていますが、
特別な教材や教育、知育教室に通うようなことが必要なわけではありません。
また、専門家でないと育成できないものでもありません。
■こどもの自主性、興味を重んじる
「やってみたい」という興味や意欲から、子どもの世界はどんどん広がり、それにより様々な能力も開花していくもの。
こどもの自主性や興味関心を尊重することは、飽くなき探究心を育みます。
とことん制限なく夢中で取り組むことで、試行錯誤による本物の力が身についていきます。
保護者としては、こどもの興味に対して心配のあまり
「危ないからダメ」「まだ早いからダメ」と言ってしまうこともあるとは思いますが、
成長の機会を逃さないためにも”どうすればできるか”をサポートしてあげるようにしましょう。
また、全てこどもの自主性に任せるといっても、放置するのがいいというわけではないので注意が必要です。
危ない環境は事前に整えるといったさりげないフォローは必要です。
■そのままのこどもをまるごと受け止める
こどもの自己肯定感や自己効力感は
「親は自分を大切に思ってくれている」「親は絶対自分を受け止めてくれる」「どんなときも手を差し伸べ、味方になってくれる」
という安心感の積み重ねで養成されていくものです。
そのため、こどものありのままの姿を肯定的に受け止めてあげることが大切です。
また、こどもが何かをやり遂げた際や、うまくいかずに苦しんでいる際も、
「うれしいね」「苦しいね」と共感を示すことも大切と言われます。
自分の存在そのものを認めてもらっていると実感し、
自分は大切な存在だと思える自己肯定感は、非認知能力の土台となるものです。
それがあれば、好奇心を持って「自分ならきっとできる」と新しいことにもチャレンジできるようになります。
■お手伝いを日常的に行う
他者との関わりに関する力を養成するには、お手伝いが有効です。
遊びだと同年代の関わりだけになりがちですが、お手伝いだと年代の違う人たちとの関わりも生まれます。
家族のお手伝いだけでなく、保育園でのお手伝い、地域活動いったお手伝いも、
強制や義務ではなく、無理なく楽しみながら出来る環境であると良いですね。
■自然遊びの機会を多く持つ
非認知能力は、「自然遊び」から養われることも多いと指摘されています。
なぜなら、日常とは異なる空間であるため、刺激も多く、考えることや工夫することも多くなるためです。
これは「適度に足りない環境」とも言われ、創造力を養うことにもつながると言われています。
■こどもの非認知能力を育てるために保護者が気を付けること
こどもの非認知能力を育てるには、お子さま自身の興味や好奇心を出発点にすることが大切です。
「こどものためになるから」と興味を無視して与えることは、大人の都合で子どもをコントロールすることにも繋がりかねません。
そうではなく、こどものやりたいこと、興味を追求できるように環境を整えサポートするといったスタンスを心がけましょう。
いかに夢中になれるかに心を配るようにしてみてください。
こどもが何かに興味を持ったとき、
大人のモノサシでつい「それよりも、もっとこっちを見てほしい」という大人の希望へ誘導してしまうこともあります。
しかし、もしかするとその声かけでこどもの「興味への関心」は失われ、想像力を伸ばせなくなっているかもしれません。
こどもが何かに興味を持ったら、生活リズムやライフサイクルはできるだけ変えないよう声かけ・ルール作りをしながら、
飽きるまでやらせてあげるのがおすすめです。「満足するまで没頭する」のも、自分自身を見つめて理解するための大切な過程です。
参考
・保育所保育指針
・ペリー就学前プロジェクト
・ベネッセ教育総合研究所ほか